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大阪地方裁判所 昭和62年(ワ)11157号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金一五〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の、その余を被告の、各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事 実】

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金八七四〇万円及びこれに対する昭和六〇年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者の関係

被告は、肩書地において友愛会病院(以下、「被告病院」という。)を設置し、訴外上野秀明(以下、「上野」という。)及び訴外舛尾和子(以下、「舛尾」という。)を内科医として雇用して、診療業務に当たらせているものである。

原告は昭和一八年九月一一日生まれの男性であり、昭和五九年一月一一日以降、被告病院において糖尿病の診療を受けたものである。

2  原告の失明に至る経緯

(一) 原告は、昭和五九年初頭から全身的倦怠感等の不調を感じていたため、同年一月一一日、被告病院内科を受診したところ、上野は、原告に対し、糖尿病で入院加療が適当と診断の上、被告病院入院までの間、インスリン二〇単位(日量。以下同じ。)の自己注射を指示した。

(二) 同月二〇日、原告は、糖尿病の治療のため被告病院内科に入院し、原告の主治医となつた上野は、同日から、食事制限を開始するとともに、インスリン注射を二四単位に増量し、さらに同月二五日には三四単位に増量した。

(三) 同二五日、舛尾が原告の主治医となつたが、舛尾は、翌二六日から、インスリン注射に代えて、経口血糖降下剤ダオニール六錠合計一五ミリグラム(日量。以下同じ。)の服薬に処方を変更し、さらに同月三一日には八錠合計二〇ミリグラムに増量した。

(四) また、原告は、同月二一日から同月三一日までの間、上野及び舛尾から、対血液性止血剤卜ランサミン八錠(日量。以下同じ。)の投与を受けた。

(五) 原告は、被告病院入院後から再々、頭痛・ふらつき・脱力感や焦燥感・冷汗等の低血糖症状に悩まされ、とりわけダオニール服用後の同年二月三日午前三時二五分には発汗・頭痛によりナースコールをするなどの重篤な低血糖症状を来していたところ、同月上旬ころから、物が二重に見えたり霞んだりし始め、被告病院入院前は両眼とも二・〇であつた視力が急激に低下してきた。このころから、原告の糖尿病性網膜症(以下、「本症」という。)は、急激に増殖化した。

原告は、同月八日以降、舛尾らに視力異常を再三訴えたが、舛尾らはなんらの処置もとらなかつた。

(六) 同年一月一一日の被告病院受診以降、上野及び舛尾は、原告に眼科専門医の受診を指示しなかつたが、ようやく同年二月二一日、舛尾が原告に、訴外大阪府立病院(以下、「府立病院」という。)眼科の受診を指示し、翌二二日、原告が府立病院眼科を受診したところ、原告の本症は、検眼鏡でも眼底出血及び新生血管の発生が認められ、既に増殖化していることが判明した。

(七) 原告は、同年三月二一日から、府立病院眼科において光凝固法等の処置を受けたが、功を奏せず、次第に視力を失い、翌六〇年八月には、両眼とも完全に失明するに至つた。

3  被告の責任原因

(一) 上野及び舛尾の過失

(1) 光凝固法は本症の前増殖期に最も高い治療効果を現すところ、昭和五九年一月一一日被告病院受診当初における原告の本症は、未だ増殖化していなかつたのであるから、上野あるいは舛尾において、被告病院に螢光眼底造影検査等の眼底検査を正確に行える人的・物的設備がない以上、原告の本症の前増殖期を看過しないよう、被告病院受診当初から、原告に眼科専門医の受診を指示すべき義務があつたのにこれを怠り、同年二月二一日まで原告に眼科専門医の受診を指示せず、前増殖期を看過し、光凝固法の適期を逸した。

(2) ある程度進行した本症の患者に対しては、急激な血糖コントロールによる低血糖ないし急激な血糖低下は禁忌であるから、上野は、まず食事療法から開始して緩徐に血糖値を低下させる義務があるのにこれを怠り、同年一月一一日の被告病院受診当初から原告にインスリン二〇単位の注射を指示し、被告病院入院後は、インスリン注射量を二四単位、三四単位と順次増量して急激な血糖コントロールを行い、また、舛尾も、ダオニールの最高投与量が日量一〇ないし一五ミリグラムとされているのであるからこれを遵守して緩徐に血糖値を低下させるべき義務があるのにこれを怠り、同年一月三一日以降ダオニールを二〇ミリグラムも投与し、原告が重篤な低血糖症状を来した同年二月三日以降も漫然と過剰投与を続行して、急激な血糖コントロールを行つた。このため、原告の本症は増殖化した。

(3) 本症には原則として対血液性止血剤は有害であるから、上野及び舛尾は、その投与を避けるべき義務があるのにこれを怠り、同年一月二一日から同月三一日までの間、対血液性止血剤卜ランサミン八錠を原告に投与したため、原告の本症は増悪した。

(4) このような上野及び舛尾の過失により、原告の本症は増殖化し、かつ、光凝固法実施の適期を逸した結果、原告はその後光凝固法の施術などの治療を受けたにもかかわらず、失明した。

(二) 被告は、勧務医である上野・舛尾両名を原告の治療に当たらせたもので、右両名の過失により原告が被つた損害を賠償する責任がある。

4  原告の損害

(一) 逸失利益 金五四〇〇万円

原告は、両眼失明時満四一歳であり、満六七歳まで二六年間就業が可能であつたところ、右失明によつて労働能力を一〇〇パーセント喪失した。そこで、本件口頭弁論終結時(平成二年一一月一六日)の賃金センサスによる給与額から、新ホフマン係数を用いて算出される中間利息を控除し、さらに、生活費を右収入の三〇パーセントと評価してこれを控除すれば、原告の逸失利益は金五四〇〇万円を下らない。

(二) 慰謝料 金二〇〇〇万円

原告が被告病院に入院したのは、糖尿病を根治し新たな生活を始めようとしたもので、緊急の必要性があつたわけではなかつたところ、両眼失明により、この新たな生活への希望を絶たれ一転して中途失明者の苦悩を味わうこととなつた原告の精神的打撃は甚大であり、これを慰謝するに相当な金額は金二〇〇〇万円を下らない。

(三) 介護料 金五四〇万円

失明後の原告は、日常生活全般にわたつて介護を要する状態となり、現在主として訴外浅倉節子(以下、「浅倉」という。)が原告と同居しその介護にあたつているが、原告が一応自立しうるには早くとも五年を要し、この五年間の介護費用を一日三〇〇〇円と評価すれば、金五四〇万円を下らないから、右同額の損害を蒙つた。

(四) 弁護士費用 金八〇〇万円

原告は、本件訴訟の提起・追行を原告訴訟代理人に委任することを余儀なくされ、その報酬として金八〇〇万円の支払いを約したから、右同額の損害を蒙つた。

5  よつて、原告は、被告に対し、右損害合計金八七四〇万円及びこれに対する損害発生後の昭和六〇年九月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は認める。ただし、原告が被告病院で診療を受けたのは昭和五八年からである。

2  請求原因2について

(一) 同(一)のうち、原告が昭和五九年一月一一日被告病院内科を受診し、上野が原告に対し糖尿病で入院加療が適当と診断のうえ、被告病院入院までの間インスリン二〇単位の自己注射を指示したことは認める。

被告病院受診時の原告の愁訴は、全身的倦怠感の他に、手足の痺れ、ふらつき、腰背部痛、体重減少、勃起不能、口渇等もあり、既に、糖尿病の三大合併症である本症、糖尿病性腎症及び糖尿病性神経症の発現・進行が認められた。

また、原告が、昭和五八年に被告病院を受診した際には、一〇年前から糖尿病と診断されてインスリン注射を二年間行い、最近二年間は血糖降下剤を服用している旨説明していた。その後も数回受診しているが、治療や血糖コントロールの必要性を説明し、受診を指示していたが、原告がこれに従わなかつたものである。

(二) 同(二)は認める。

(三) 同(三)も認める。

(四) 同(四)も認める。

(五) 同(五)のうち、原告が昭和五九年二月八日に同月六日夕方からの右眼の霧視を訴えたことは認めるが、原告が低血糖症状を来していたこと、本症が同年二月上旬ころから急激に増殖化したこと、舛尾が原告の訴えに対してなんらの処置もとらなかつたことは、いずれも否認する。被告病院入院前の原告の視力は知らない。

舛尾が原告の右訴えを無視したことはなく、舛尾は眼底写真による検査等必要な対応・検討をした。

(六) 同(六)のうち、同年二月二二日に府立病院眼科を受診した時には原告の本症が既に増殖化していたとの点は否認し、その余は認める。

(七) 同(七)のうち、原告が同年三月二一日以降府立病院で光凝固法の施行を受けたこと、原告が現在両眼とも失明していることは認めるが、原告の失明に至る経過については知らない。

3  請求原因3について

(一) 同(一)について

(1) 同(1)は争う。

前記のとおり、原告は既に糖尿病の三大合併症に罹患しており、早急な血糖管理が必要であつたため、上野及び舛尾は、本格的な眼科管理の前に血糖コントロールを開始して、血糖値の安定が得られた段階で眼科専門医に委ねることとしたものであり、妥当な対応であつた。

原告の本症が増殖化したのは、早くとも昭和五九年一二月ころであり、府立病院眼科受診時には未だ前増殖期に止まつていたのであるから、舛尾の眼科専門医受診指示が遅きに失したとは言えないし、そもそも、本件以前における光凝固法の過去の実績からみて、本症の前増殖期に光凝固法を施しさえすれば失明を回避できたとはおよそ言い難い。

(2) 同(2)のうち、ダオニールの使用説明書に最高投与量一五ミリグラムとの記載があることは認めるが、その余は争う。

血糖コントロールに関する「緩徐に低下させる」という原則も、多分に経験的なものがあるだけで、明確な基準があるわけではない。低血糖を来さない血糖コントロールの目安は、空腹時血糖値一四〇ミリグラム/デシリットル(以下、単位は省略。)とされているところ、被告病院入院中における原告の空腹時血糖値の推移は別表<1>のとおりであつて、右の目安を外れるようなことはなく、被告病院において急激な血糖コントロールが行われたとは言えない。また、舛尾が、一五ミリグラムからダオニールの投与を開始したのは、上野が行つていたインスリン注射三四単位との比較からであつたし、右使用説明書記載の最高投与量を超えて二〇ミリグラムを投与したのも、同人が過去にも行つていた方法である。

本症は、低血糖ないし急激な血糖低下がなければ悪化しないというものではなく、血糖コントロール不良そのものが悪化原因となる。原告は、昭和五九年一月一一日の被告病院受診当時、既に一〇年を超える糖尿病歴を有し、長年に亘つて血糖コントロールの極めて悪い患者であり、被告病院入院中も、食事制限や服薬を規則正しく行わない等、血糖コントロールに協力しなかつた。加えて、原告には、被告病院入院前からの糖尿病性腎症や高血圧症、喫煙といつた、血糖コントロールとは別個の本症の悪化原因が認められ、さらに、被告病院退院後には、本症との合併によつて失明の大きな要因とされる虹彩炎や緑内障の発症も認められている。

(3) 同(3)のうち、対血液性止血剤が本症に悪影響を及ぼす場合のあることは認めるが、その余は争う。

本症には線溶活性の亢進により出血するものもあり、そのような症例にはトランサミンが有効であつて、原告の本症が卜ランサミンの副作用によつて増殖化されたか否かは、全く不明である。

(4) 否認する。

(二) 同(二)は争う。

4  請求原因4について

(一) 同(一)は争う。

原告は、被告病院入院時既に糖尿病及び糖尿病性腎症で生活保護を受けていたのであるから、失明によつて労働能力を喪失したわけではない。

(二) 同(二)も争う。

(三) 同(三)も争う。

(四) 同(四)も争う。

5  請求原因5は争う。

第三  証拠《略》

【理 由】

一  請求原因1(当事者の関係)は、初診の時期を除き、当事者間に争いがない。

二  請求原因2(原告の失明に至る経緯)につき検討するに、《証拠略》を総合すれば、以下の事実を認めることができる。(なお、当事者間に争いのない事実も、便宜上、以下に併せて掲記する。)

すなわち、

1  原告は、昭和四〇年代半ばころ(二〇歳代半ばころ)、インスリン非依存型糖尿病と診断され、断続的に複数の病院への入通院を繰り返しており、被告病院にも、昭和五八年四月一五日・二〇日・二七日、六月二日にそれぞれ受診し、経口血糖降下剤の投与を受けたことがあつたが、この間、食事療法等による継続的な血糖コントロールは行えていなかつた。

2  昭和五九年一月一一日、原告は、両手足の知覚異常、特に両下肢の痛み、体重減少、勃起不能、全身倦怠感等を訴えて、再び被告病院を受診した。診察に当たつた上野は、糖尿病の三大合併症である本症、糖尿病性腎症及び糖尿病性神経症が発現・進行しており、併せて本態性高血圧症でもあるとして、血糖コントロールのため至急入院の必要ありと診断のうえ、過去にインスリン治療を受けておりインスリンの自己注射ができる旨の原告の説明から、被告病院の空床ができるまでの間、インスリン二〇単位の自己注射を指示し、インスリンと注射器を与えた。なお、この時点では、原告の空腹時血糖値の検査は行われなかつた。

同月一九日、原告が被告病院を外来受診した際、上野は、両眼の眼底写真撮影を指示し、その眼底写真から、原告の本症はスコット分類による{2}aないし{3}の段階であり、早急な眼科的治療の必要はないものと診断した。

3  同月二〇日、原告は被告病院内科に入院し、原告の主治医となつた上野は、一日一八〇〇カロリーとする食事制限を開始するとともに、インスリン注射を二四単位に増量し、同月二一日から、対血液性止血剤卜ランサミン八錠の投与を開始し、さらに同月二五日には、インスリン注射を三四単位に再び増量した。

原告は、同月二三日から断続的に不眠を訴えるようになつた。

4  同月二五日、舛尾が上野に代わつて原告の主治医となり、翌二六日からの処方を、インスリン注射に代えて経口血糖降下剤ダオニール六錠合計一五グラム(毎食後に二錠合計五グラムずつ。)の投薬に変更した。同日、上野は、原告の両眼眼底写真から本症をスコット{2}aないし{3}sの段階と診断した(本来のスコット分類において「{3}s」なるステージはないが、上野は「{3}a」と同趣旨で右表現を用いたものと解される。)。なお、舛尾も、同月三一日まで卜ランサミン八錠の投与を継続した。

原告は、同月二八日から断続的に頭重感や頭痛を訴えるようになつた。

5  同年二月一日、舛尾は、ダオニールを八錠合計二〇グラム(朝食後及び昼食後に三錠合計七・五グラムずつ、夕食後二錠合計五グラム)に増量し、両眼眼底写真撮影を指示した。同月六日、舛尾は、右の眼底写真(二月一日撮影分)から、軟性白斑(古い出血斑)があるが、鬱血乳頭はなく、本症は被告病院入院当初に比べて特別の進行はしていないものと診断した。

原告は、同月三日午前三時二五分ころ、発汗し、さらに同五時ころには、頭痛(ツープラス)を訴えてナースコールをした。

なお、同月六日ころ、舛尾は、原告が病室内で喫煙したり、病院食を採らずに間食をして食事療法を行わないなど、その療養態度が芳しくないことから、原告に退院を勧告したが、原告から同月二五日くらいまでの入院希望があつたため、被告病院での入院加療が継続された。

6  同月七日から、原告は看護婦に対して、右眼の霧視や視力異常を訴えるようになり、翌八日、舛尾に対しても、同月六日夕方ころから発生したとして右眼の霧視を訴えたため、舛尾は、両眼眼底写真撮影を指示し、翌九日、上野が、右の眼底写真から、両眼眼底に非常に小さな出血斑があり、原告の本症はスコット{3}aの段階と診断した。同月一二日、上野は、原告から、点滴すると新聞の字が見えにくいため、点滴が効き過ぎているように思う旨の愁訴を受けたため、右の眼底所見をも考慮し、原告の本症が眼底出血の急性期にあるものと考えて、舛尾に対し、入院当初から上野及び舛尾によつて両手足の知覚異常に対して投与されていたプロスタグランディンE1(血小板凝縮作用を低下させる薬理作用を有する。血小板凝縮作用は止血作用であるから、これを低下させることは出血を助長する結果となる。)の点滴については再考するよう促し、同月一六日、舛尾は、プロスタグランディンE1の点滴を中止した。

ところが、原告は右眼の霧視が消失しないため、その原因をダオニールの服薬によるものと考えて、このころから勝手に服用量を減らすようになつた。

7  舛尾は、同月二一日、眼底写真(同月九日撮影分)を見て、一月二六日撮影分の眼底写真と特段の変化はなく、原告の本症は進行していないと診断したが、翌日に府立病院眼科の受診を指示し、右受診後に退院させることとした。

8  翌二二日、原告が舛尾の紹介で府立病院眼科を受診したところ、視力は右眼〇・六ないし〇・七、左眼〇・九ないし一・〇で、眼底に新生血管(ツープラス)や二か所の出血斑等が認められ、本症はスコット{3}bないし{4}の段階と診断され、早速同月二四日に光凝固法を施行することが予定されたが、右予定日は、その前日二三日に原告の血圧が上昇したため、三月二日に延期された。

9  二月二八日、舛尾は、原告を翌日から府立病院内科へ転院させることとして、薬剤の投与を一旦打ち切り、翌二九日、原告は舛尾の紹介で府立病院内科を受診したが、同病院内科に空床がなかつたため、被告病院に入院したまま府立病院内科に空床ができるのを待つて教育入院することとなり、舛尾は、同日から、ダオニール四錠合計一〇グラムに減量して血糖コントロールをやり直すこととした。そして、三月二日に予定されていた府立病院眼科の光凝固法も、府立病院内科への転院を待つため、再び同月二三日に延期された。

10  三月一八日、原告は、府立病院内科に転院のうえ教育入院した。教育入院は患者の病識を高め、その自制による食事療法等の徹底を図るもので、同病院では二週間を一クールとしてプログラムを組んでいたことや、原告の血糖値が安定していたことから、同年四月九日に原告を退院させたが、原告の糖尿病に対する認識が薄いことから、退院後食事療法による血糖コントロールができるか、危ぶまれていた。

11  原告は、同病院眼科において、三月二三日から同年一一月一日までの間左右六回ずつ光凝固法の施行を受けたが、原告の本症については、同年三月二一日、四月三日、五月二三日、六月二三日、九月一一日はいずれもスコット{3}bと、翌六〇年一月一八日にはスコット{4}と診断され、同月二七日には既にスコット{5}ないし{6}になつており、スコット{4}になつたのは前年一二月からと診断され、さらに、昭和五九年六月二一日には虹彩炎が発生していることも確認された。こうして本症の増悪に伴う血管新生が現れ、緑内障の併発もあつて、原告の両眼視力は、府立病院眼科における光凝固法の施行中も次第に低下して、六〇年八月二九日に同病院眼科を受診した際には、両眼とも視力を完全に喪失するに至つた。

12  他方、原告は、昭和五九年一一月二九日、空腹時血糖値が二二〇ないし二三〇と上昇しており、血糖コントロールができていないため、翌六〇年一月二一日までの間、同病院内科に入院し、また失明後の昭和六二年八月六日から同年九月三日までの間も、一過性脳虚血症(TIA)及び糖尿病性腎症の治療のため、同病院内科に入院した。

13  ところで、昭和五八年四月から府立病院内科へ転院した前日の昭和五九年三月一七日までの間の被告病院における原告の血糖値検査の施行日とその検査結果は、別表<2>のとおりであつた(なお、検査時刻等の明らかなものはその時刻等を併記するが、特記なき場合は、空腹時を指す。また、<米印記号>を付した昭和五九年二月三日、同年三月二日・八日・一五日は、いずれも一日の内に数回の検査が行われ、血糖値の日内変動が認められるが、空腹時である午前六時の検査結果のみを記載する。)。

以上の事実が認められ(る)。《証拠判断略》

二  請求原因3(被告の責任原因)について判断する。

1  同(一)(1)(眼科受診指示義務の懈怠)について

(一) 《証拠略》を総合すれば、糖尿病は慢性的に血液中の糖分が多すぎる状態であるが、本症は、五年ないし一〇年という長期間の高血糖のために、網膜中の毛細血管に血管瘤や梗塞などの毛細血管閉塞が生じ、血液の成分が滲出する症状から始まり、滲出した成分が浮腫を生じ、血管瘤が破れて出血し、その一部が吸収されずに変化して白斑となるが、やがて血管梗塞に伴つて作られる血管新生因子の働きにより血管が異常に新生し始め、新生血管がたやすく破れて出血が増加し、他方、結合組織の増殖により視力が低下して行き、ついには網膜剥離を起こして失明に至るものであること、その症状程度については、スコット分類が知られ、これは、健康な状態を〇として、{1}、{2}は眼底に微少な出血のある状態、{3}aは出血のほか滲山斑が加わつたもの、{3}bは出血と癩性白斑と呼ばれる滲出斑が非常に強くなつたもの、{4}は結合組織の増殖、硝子体出血が加わつたもの、という各ステージに分類するものであること、他方で単純期(小血管瘤、小出血、硬性白斑が散在する状態)、前増殖期(新生血管等の増殖には至つていないが、血管梗塞が広範囲に拡がつて増殖期の直前と見られる状態)、増殖期(血管新生やこれに伴う結合組織の増殖が進んでいる状態)に分類する方法も唱えられるようになつたこと、本症は、全て単純型から前増殖期を経過して増殖型へと悪化・進行していく(もつとも、単純型及び前増殖期の段階でその進行が止まる症例もある。)ものと解されており、一般的にはスコット{3}bが前増殖期と概ね一致するものとされること、本症には、光凝固法なる外科的治療法(病変部分にレーザー光線を当ててその部分を凝固させ、血流を遮断して、不足する栄養分を健康な網膜にのみ供給し、かつ血管新生因子の分泌を阻止しようとするもの)が確立しているところ、その適期は前増殖期とされ、この時期における光凝固法の治療効果は比較的高いが、この時期を過ぎて一旦増殖化した本症の場合には、光凝固法を施してもその進行を阻止し得ない場合や、逆に光凝固法を契機に出血を惹起する場合もある等、その予後は芳しくないこと、本症の場合、眼底所見や症状の具体的変化が現れる時点では、既に次の段階への進行を余儀なくされている状況になつている可能性があり、前増殖期であるか否かの確定診断のためには蛍光造影検査(色素を静脈に注射して眼の写真を撮影する方法で、眼底写真や検眼鏡等よりも血管の変化がより良く把握できる。)が極めて有用で、ほとんど不可欠の検査方法であること、視力低下ないし視力異常が自覚症状として現れるのは、一般にスコット{3}bないし{4}であり、毛細血管瘤の増加、出血、視力低下や軟性白斑の発見等が眼科専門医受診の必要性の一応の基準であること、以上の事実が認められる。

ところで、《証拠略》によれば、本件当時の被告病院には、右蛍光造影検査等の眼底検査を正確に行える人物・物的設備がなく、内科医である上野が主となつて、一応の参考資料とするために取り敢えず眼底写真の判定を行つていたに過ぎなかつたことが認められるところ、本症の患者に関して、右のような被告病院独自の眼科的な管理では不充分であつて、時期の点はさておき、眼科専門医による診察が必要であることは、《証拠略》中で自認するところである。また、昭和五九年一月一一日被告病院外来受診時の原告が既に相当長期間に亘る糖尿病歴を有し、本症も発症後ある程度進行した状況にあつたことは、前記認定のとおりであり、このような事実については、上野のみならず舛尾においても、その認識があつたことは、前記認定の事実から明らかである。加えて、舛尾が、同年二月六日に原告の眼底写真(同月一日撮影分)から軟性白斑を発見し、同月八日には原告から右眼の霧視を訴えられてその視力異常を知つたこと、ならびに、上野が、同月九日に眼底写真(同日撮影分)から、両眼眼底に微細ではあるが出血斑を発見し、さらに同月一二日には、原告から視力異常を訴えられて、眼底出血の急性期にあるものと考え、舛尾に対してプロスタグランディンE1の点滴について再考を促したことは、いずれも前記認定のとおりであつて、右両名は、それぞれ、舛尾が府立病院眼科の受診を指示した昭和五九年二月二一日以前の時点で、前記の眼科専門医を受診すべき基準に該当する症状を把握していたものと認められる。これらの事実からすれば、原告の主治医である舛尾としては、遅くとも原告から右眼の視力異常を訴えられた二月八日の時点で、直接原告に眼科専門医の受診を指示すべき作為義務が生じており、他方、上野としても、原告の主治医を離れていたとはいえ、前記のとおり、患者の眼底管理を担当していたのであるから、同じく原告から視力異常を訴えられた同月一二日の時点で、主治医である舛尾に眼科専門医の受診を指示するよう促し、あるいは直接原告に眼科専門医の受診を指示すべき作為義務が生じていたものと解すべきである。しかるに、上野及び舛尾の両名が二月二一日に至るまで原告に眼科専門医の受診を指示しなかつたことは、前記のとおりであるから、右両名には、それぞれ右作為義務懈怠の過失があつたものと認められる。

被告は、右両名が、右のとおり一月一一日外来受診時から一か月余の間、原告に眼科専門医の受診を指示しなかつた理由として、原告が既に三大合併症の発現・進行している状況にあり、早急な血糖コントロールが必要であつたため、本格的な眼科管理の前に血糖コントロールを開始して、血糖値の安定が得られた段階で眼科専門医に委ねることとした旨主張するが、同人らの各証言によつても、右両名が特段早急な血糖コントロールの必要性を考えていたものとは認め難く、他に原告が眼科専門医を受診することの障碍となるような事情を認め得る証拠はない。また、《証拠略》を総合すれば、確かに、糖尿病患者の眼底管理を十分に行えるほどの眼科医が充足されていないという我が国の医療状況そのものに問題があることも窺えるが、原告の場合は、右のとおり、糖尿病発症後間もないとか、ごく最近本症が発症したに過ぎないといつた患者ではなく、糖尿病そのものの病歴も長く、本症もある程度進行した患者であつて、本症増悪の危険性が高い、言わば要注意患者であつたというべきであるし、現実に、舛尾が府立病院眼科の受診を指示した翌日には、何の支障もなく同病院眼科の外来受診ができたことは前記のとおりであつて、右のような医療状況が、上野及び舛尾の右作為義務の履行を阻害する事情となつたとは考え難い。

(二) そこで、進んで因果関係の有無につき検討する。

二月二二日府立病院眼科初診当時の原告の本症は、眼底に新生血管(ツープラス)や二か所の出血斑等が認められ、スコット{3}bないし{4}と診断されたが、その後の同年三月二一曰、四月三日、五月二三日、六月二三日、九月一一日はいずれもスコット{3}bと、翌六〇年一月一八日はスコット{4}と、同月二七日にはスコット{5}ないし{6}で、スコット{4}になつたのは前年一二月からと、それぞれ診断されたことは、前記認定のとおりであつて、府立病院眼科初診時から昭和五九年一二月ころまでの間は、ほぼスコット{3}bの段階にあつたものと認められる。《証拠略》においては、新生血管発生前の段階が前増殖期と解されており、これからすれば、右のとおり既に新生血管の発生が認められているから、原告の本症は、府立病院初診時点で増殖化していたことになるが、前記認定のとおり、前増殖期はスコット{3}bとほぼ一致するものであることや、府立病院眼科初診時においては前増殖期に止まつていた旨の同科の主治医たる原の証言からすれば、右時点においては、いまだ前増殖期に止まつていたものと理解するのが一般的であるものと認められる。そうすると、原告は、本症が未だ前増殖期に止まつている間に、舛尾からの受診指示に基づいて、眼科専門医を受診し、光凝固法の施行を受けたことになる。

加えて、光凝固法による治療実績についてみるに、《証拠略》によれば、前増殖期(右のとおり、新生血管発生前を前増殖期と把握している。)においては治癒率一〇〇パーセント、既に新生血管を生じていたものは治癒率六五パーセントとの統計結果(もつとも、これは本件以後の統計結果である。)が報告されているものの、他方、《証拠略》では、スコット{1}bで有効例四〇パーセント(不変例三〇パーセント、悪化例三〇パーセント)、スコット{3}bで有効例四七パーセント(不変例二六パーセント、悪化例二七パーセント)、スコット{4}ないし{6}で有効例二四パーセント(不変例四一パーセント、悪化例三五パーセント)との統計結果(これは、本件以前の統計結果である。)が報告されているのであつて、光凝固法によつて本症の進行を防ぐことができる症例もあれば、光凝固法の施行にもかかわらず進行・悪化する症例もある旨の証人原の証言もこれに副うものである。また、《証拠略》によれば、光凝固法施行後に起こる再増悪の原因の多くは血糖変動(高血糖、低血糖ならびに血糖値不安定)であつたことが報告されているところ、前記認定のとおり、原告は、昭和五九年三月一八日から約二〇日間府立病院内科に教育入院したのに、血糖値上昇のため同年一一月二九日から約二か月間同病院内科に再入院しており、このことからすれば、原告の場合、光凝固法施行中も適切な血糖コントロールが行えておらず、そのために本症が再増悪した可能性が強いと解される。さらに、前記認定のとおり、原告は、昭和五九年一月一一日被告病院外来受診当時、既に糖尿病性腎症が発現しており、併せて本態性高血圧症も発症していたものであるところ、《証拠略》を総合すれば、腎臓疾患や高血圧症も本症悪化の要因となることが認められる。

これらの事情を考慮すれば、本症が増悪して失明に至るか否かは、患者各人の具体的な症状はもとより、長期的・継続的な血糖コントロールの有無や他の合併症等の有無等、極めて多様・複雑な要因に左右されるもので、前増殖期に光凝固法を施せば、比較的その治療効果が高いとは言い得ても、本症の進行・悪化を防ぎ、失明を回避できるとの高度の蓋然性があるとまでは考え難い。

(三) 結局、上野及び舛尾の、せいぜい一か月程度の専門医受診指示の遅延という過失と原告の失明との間の因果関係を認めることは困難であり(右に説示のところからすれば、いわゆる割合的認定も困難である。)、この点に関する原告の主張は理由がない。

2  同(一)(2)(急激な血糖コントロール)について

(一) 《証拠略》を総合すれば、一般に、急激な血糖コントロールによる低血糖あるいは血糖値の急激な低下が本症に悪影響を及ぼすこと、糖尿病患者に対する血糖コントロールは、そのうちインスリン依存型(血糖の分解を助けるホルモンであるインスリンの分泌が極端に少ないために高血糖が生じる。)の患者については、注射でインスリンを補わなければならないが、インスリン非依存型では、糖分の摂取を減らす食事療法と、糖分の消化を増やす運動療法(ただし病状によつて禁忌とされる場合を除く。)が基本であり、これらの療法はいずれも患者自身の自覚と根気強い節制、努力にかかつていること、それで十分な血糖コントロールができず、空腹時血糖値が常に一四〇ないし一五〇を超え、HBA1が九・〇パーセントを超えている場合には経口血糖降下剤の投与を開始し、さらにインスリン非依存型の糖尿病でも空腹時血糖値一八〇を目安にインスリンの投与へと移行するのが、一応の基準とされていること、この場合も食事療法、運動療法の併用は不可欠であること、以上の事実が認められる。

ところで、本症との関連における血糖コントロールの速度(どの程度の期間で、どの程度の血糖値まで下げるか)については、《証拠略》を総合すれば、血糖コントロールの目標は空腹時血糖値一〇〇ないし一二〇であるが、管理開始遅延群(原告の場合も、糖尿病発症以来相当長期間を経過しており、その間において継続的な血糖コントロールが行えていなかつたことは、前記認定のとおりであるから、この範疇に含まれよう。)では、空腹時血糖値二〇〇程度のやや高値がよく、まず、空腹時血糖値一五〇を目標に血糖コントロールを開始し、次に眼底所見の動きを見ながら、徐々に半年から一年程度の期間で右の理想値に近づけるべきであるとする見解がある一方、低血糖を起こすことは避けねばならないが、低血糖すれすれの血糖コントロールをすることは本症にとつてさほど悪影響はなく、むしろ血糖値をなるべく早く正常化(正常血糖値は空腹時六〇ないし一一〇。)するべきであるとする見解もあり、結局、「急激な血糖コントロールを避ける」との原則も、経験的なものが多分にあり、明確かつ一義的な基準があるわけではないと言わざるを得ず、血糖コントロールが急激か否かは、患者各人の具体的な症状を前提とした臨床経験的な基準に基づく個別具体的な評価と考えるほかない。

(二) そこで、まず、上野の血糖コントロール上の過失の有無につき検討するに、同人が、一月一一日被告病院外来受診時に、空腹時血糖値を検査することなく、即座にインスリン二〇単位の自己注射を指示したことは、前記認定のとおりであるが、原告の右当日の血糖値は空腹時ではないものの二四九の高値を示しており、原告は、既に相当長期間の糖尿病歴を有し、本症を含む三大合併症も発現・進行した状況にあつたこと、原告が、昭和五八年に被告病院を外来受診した際には、経口血糖降下剤の投与を受けており、原告自身が、過去にはインスリン治療の経験もあり、インスリンの自己注射も可能である旨の説明をしたこと、これらの事情から、上野が、初期の糖尿病患者のような治療方針を採る必要がないものと判断したことは、いずれも前記認定のとおりであり、上野が、原告のこのような糖尿病歴及びその治療歴、ならびに外来受診当時の三大合併症の進行度等を勘案し、初期の糖尿病ではないとして、直ちにインスリンの自己注射を選択したことをもつて、過失があつたとは考え難い。

また、《証拠略》を総合すれば、低血糖とは一般に血糖値五〇以下を指す(この場合を、以下、便宜上「絶対的な低血糖」という。)が、長期間高血糖にさらされてきた者は、急激に血糖値を降下させた場合、血糖値一五〇程度でも低血糖症状を起こす場合があること(このような場合を、以下、便宜上「相対的な低血糖」という。)、低血糖を来さないための血糖コントロールの目安は一般に空腹時血糖値一四〇とされていること、不眠は、経口血糖降下剤やインスリン治療による低血糖の一症状として発現する場合のあること、以上の事実が認められるところ、上野が、主治医を舛尾に交替する一月二五日までの間に、インスリン投与量を二〇単位から二四単位(一月二〇日の入院後から)へ、さらに三四単位(同月二五日から)へと増量していつたこと、及び、原告が一月二三日以降不眠を訴えていたことは、いずれも前記認定のとおりであるが、この間における原告の血糖値の推移は、前記認定(別表<2>)のとおりであり、原告の血糖値は、この間、一月二一日は一七七まで低下しているものの、概ね二〇〇を超えており、いずれも右の血糖コントロールの目安である空腹時血糖値一四〇を上回つていたのであり、もとより、日内変動の一時的なものにせよ、絶対的な低血糖を起こしていたものと認めるに足る証拠はないし、《証拠略》によれば、不眠は必ずしも低血糖でのみ惹起されるものではなく、他の多くの要因があり得るものと認められるところ、前記認定(別表<2>)のとおり、原告が不眠を訴え始めた一月二三日時点では、血糖値に特段の変化がないこと等からすれば、原告が相対的な低血糖を来していたとも考え難く、上野の右インスリン投与によつて、「急激な血糖低下」があつたとは思われない。

そうすると、結局、上野に血糖コントロール上の過失があり、これによつて原告の本症が増殖化されたものと認めることはできない。

(三)(1) 次に、舛尾の血糖コントロール上の過失の有無につき検討するに、舛尾が、一月二六日からインスリン注射に代えてダオニール六錠合計一五ミリグラムの投与に処方変更し、さらに二月一日からはダオニール八錠合計二〇ミリグラムに増量し、原告が右眼霧視を訴えた同月八日以降も、右同量の投与を続行したことは、前記認定のとおりである。

ダオニールの使用説明書に最高投与量一五ミリグラムとの記載があることは当事者間に争いがなく、《証拠略》を総合すれば、ダオニールはその効果に大きな個人差があり、実際に投与してみないとその具体的な効果は判らない薬剤であり、劇薬指定の薬剤でもあることから、原則的に二・五ミリグラムから投与を開始すべきであり、糖尿病患者に対する実際の投与量としては、右最高投与量以下の一〇ミリグラム程度を上限とするのが一般的である(《証拠略》では、七・五ミリグラムとさえされる。)ところ、舛尾の投与量は、後の二〇ミリグラムはもとより、当初の一五ミリグラムですら、一般的なダオニールの使用例を大きく上回るものであることが認められる。加えて、右甲第八号証によれば、右使用説明書には、「警告 重篤かつ遷延性の低血糖症を起こすことがある。用法・用量、使用上の注意に特に留意すること。」との記載(四角で囲まれ、特に強調されている。)があることが認められるのであつて、これらの事実によれば、舛尾が、インスリン注射に代えていきなり最高投与量の一五ミリグラムを投与し、その後これを二〇ミリグラムに増量したことは、明らかに過剰投与であり、ダオニールの投与上の過失があつたものと言わざるを得ない。そして、右過失は、当然に絶対的または相対的な低血糖を惹起する可能性が強いのであるから、ひいては血糖コントロール上の過失があつたものと認めるのが相当である。この点につき、被告は、一五ミリグラムから投与を開始したことは、上野が行つていたインスリン注射三四単位との比較からであり、また、後の二〇ミリグラムも、舛尾が過去にも行つていた方法である旨主張し、証人舛尾の証言中には、これに副う部分がある。しかしながら、ダオニール投与は患者自身のインスリン分泌能力を活性化させるための療法であるのに対し、インスリン注射は患者の体内にインスリンそのものを補充する療法であつて、両者を比較・換算できる性質のものでないことは、舛尾もその証言中で自認するところであり、これと同趣旨の証人小豆沢の証言をも併せ考慮すれば、一五ミリグラムからの投与開始を妥当視することはできない。また、舛尾が過去(大学院医局在籍中)に最高投与量を超えた症例を経験していたにしても、そのような患者の病歴や治療歴、投与時の具体的症状等は、同人の証言によつても明らかでなく、原告に対する二〇ミリグラムの投与を妥当視できるだけの積極的な事情を認めるに足る証拠はない。

(2) そこで進んで、舛尾の右過失と原告の本症の増殖化との因果関係の有無につき検討する。

原告は、入院後再々低血糖となり、二月三日午前三時二五分には重篤な低血糖症状(発汗)を来した旨主張するが、絶対的な低血糖の発生を認めるに足る証拠はなく、また、相対的な低血糖に関しても、原告の訴えていた不眠を低血糖症状と断じえないことは前記のとおりであり、頭重感や頭痛が訴え始められた一月二八日の時点においても、前記認定の空腹時血糖値の推移(別表<2>)からみて、さほど大きな血糖値の低下があつたとは考え難く、頭痛を低血糖症状の一つと解すべき証拠もない。

しかし、前記認定(別表<2>)の原告の空腹時血糖値の推移からみて、原告は被告病院入院前は概ね三〇〇前後の高血糖にさらされていたと推認されるところ、舛尾によるダオニール投与が開始された一月二六日以降、同月三一日までの間こそ概ね二〇〇以上で推移していたものの、翌二月一日からは一〇〇台となり、殊に同月六日及び九日にはそれぞれ一二八と一三六となつて、前記の血糖コントロールの目安である一四〇をも下回つているのであり、被告病院入院後二ないし三週間で、空腹時血糖値が一五〇前後にまで低下したことになる。さらに《証拠略》を総合すれば、府立病院内科に転院後の同年三月二一日に測定された原告のHBA1及びHBA1Cの各値(血糖値が一瞬の値であるのに対して、HBA1及びHBA1Cの各値は、測定時から遡つて一ないし二か月間のある程度長期的な血糖値の動きを把握できる。)は、それぞれ九・三パーセントと六・八パーセントであり、これらはいずれも正常値(HBA1が八・四パーセント、HBA1Cが六・五パーセント)に近く、このことは、三月二一日の右測定時から遡つて一ないし二か月間は、かなり強く血糖コントロールが行われていたことを示すもので、かつ、一般的に、空腹時血糖値が二〇〇ないし三〇〇近くあつた患者が、二か月後の測定時にHBA1及びHBA1Cが右各値程度になつているとすれば、それはその間にかなり急速に血糖値が低下したものと言えることが認められ、そうすると、舛尾によるダオニールの投与が行われるようになつてから(ダオニールの投与開始は、府立病院内科における右測定時の約二か月前に当たる。)、原告の空腹時血糖値はかなり急速に低下し始めたものと認められる。

また、《証拠略》によれば、発汗は低血糖症状の一つに数えられているところ、前記の二月三日午前三時二五分ころの発汗は、空腹時血糖値が血糖コントロールの目安である一四〇をも下回つた同月六日の直前のことであり、一時的な日内変動により生じた、相対的な低血糖症状であつた疑いがある。

これらの事実からすれば、舛尾のダオニール投与によつて、前記の「急激な血糖低下」があつたものと解することができ、これが本症に悪影響を及ぼすものであることは、前記認定のとおりである。

しかしながら、「急激な血糖コントロールを避ける」との原則も、経験的なものが多分にあり、明確かつ一義的な基準があるわけでないことは、前記認定のとおりであり、したがつて、また、急激な血糖低下が本症に悪影響を及ぼすといつても、どの程度急激であれば、本症に悪影響を与え、その悪影響の程度はどのようなものかについても、明確かつ一義的な基準を見出すことはできない。本件の場合も、原告の本症が、前増殖期を経過してスコット{4}の段階へと進行したのは、府立病院内科に転院し、その間同病院眼科における光凝固法の施行を受けた後である昭和五九年一二月であること、加えて、府立病院内科への教育入院後も、同年一一月二九日から約二か月間、血糖値上昇を理由に糖尿病及びその三大合併症の治療のため、同病院内科に再入院するなど、原告は長期的かつ継続的な血糖コントロールが行えていなかつたこと、原告が、昭和五九年一月一一日に被告病院外来を受診した当時、既に、本症の悪化原因である糖尿病性腎症及び本態性高血圧症も発症していたものであることは、いずれも前記認定のとおりであり、これらはいずれも、「急激な血糖低下」がなくとも、それ自体として、本症の悪化要因となること、さらに、《証拠略》を総合すれば、本症が増殖化するか否かについては、患者各人の素質に基づく個人差が極めて大きく、血糖の状態は極めて良好にコントロールできたと評価できる場合であつても、本症だけは進行・悪化を阻止できない症例があり、本症の進行・悪化に関しては、糖尿病発病初期の一〇年間における血糖コントロールが最も重要であるとの見解があるところ、前記のとおり、原告の場合は、右期間に長期的・継続的な血糖コントロールを行えていなかつたこと等の事情をも併せ考慮すれば、本件証拠上、舛尾のダオニール投与による「急激な血糖低下」が、原告の本症の増殖化を助長したものか否か、仮に助長したとしてその影響度はどの程度であつたかを確定することはできないと言わざるを得ない。

(3) 結局、この点に関する原告の主張も理由がない。

3  同(一)(3)(卜ランサミンの投与)についてみるに、原告が、一月二一日から同月三一日までの間、上野及び舛尾から対血液性止血剤トランサミン八錠の投与を受けたことは、前記のとおりであり、トランサミンが本症に悪影響を及ぼす場合のあることは、当事者間に争いがない。

もつとも、《証拠略》によれば、本症の場合も血液凝固能の低下または線溶活性の亢進によつて出血する症例があり、そのような症例については対血液性止血剤が有用と認められるが、原告の本症がいずれの症例に該当するものかを確定し得る証拠はなく、上野及び舛尾は、原告の本症がいずれの症例に該当するかを確定することなくトランサミンを投与したと推定されるから、少なくともこのこと自体が、過失を構成するといわざるを得ない。

しかし、トランサミンの投与によつて原告の本症が進行・悪化したか否か、その因果関係の有無を確定するに足りる証拠はないから、これが原告の本症の悪化、失明の原因であるとする原告の主張はやはり理由がない。

4  結局、上野または舛尾の過失によつて原告の網膜症が増悪し、両眼失明に至つたものとは認められないから、失明により原告が被つた損害について、その賠償を求めることはできない。

三  もつとも、眼科受診の指示の遅れやダオニールの過剰投与、さらにはトランサミンの投与が、原告の本症の憎悪の原因となつたか否か、なつたとしてどの程度寄与したかは不明であるとはいえ、これらは、上野や舛尾が医師として原告に対して負担する、最適の診療を施すべき注意義務に違背するものといわざるを得ないから、この点で、上野や舛尾の雇用者である被告には、診療契約上の債務不履行があるというべく、そのことの故に原告が被つた精神的苦痛を慰謝すべき義務があるというべきである。

そこでその慰謝料につき考えるに、前記のとおり、上野及び舛尾の診療行為には複数の過失が併存的に認められることからすれば、右両名は本症に対する必ずしも十分な知識をもたないまま原告の診療に当たつたものとの印象は否定できず、殊に、舛尾においては、前記認定のとおり、医学的には非常識とも評価できるほどのダオニールの過剰投与を行い、原告の右眼霧視の愁訴に対応して撮影された眼底写真(二月九日撮影分)を同月二一日まで検討することなく放置し、右の眼底写真について、上野が出血斑の存在を指摘しているにもかかわらず、一月二六日撮影分の眼底写真と大差ないと判断する等、本症増悪の危険性に対する配慮に欠けるところ大と言わざるを得ないこと、原告が、結局は失明という、極めて重大な結果に至つたこと、他方、右過失のうち、眼科専門医の受診指示の遅延は、せいぜい一か月程度であり、それ自体が原告の本症の増悪あるいは治療の適期を失わせたとは認められず、その意味では右過失は軽微なものと言えること、糖尿病の増悪の防止の基本は、患者自身の節制に基づく、食事療法、運動療法であるところ、原告は、糖尿病と診断されたのち、長年、自己管理を怠たり、不節制をしていたこと、三大合併症は、極めて長期間の不節制により徐々にその発現の素地が作られ、増悪するものであるところ、被告病院における加療は僅々二か月間のことに過ぎず、ダオニールの過剰投与も一か月足らずのことであり、卜ランサミンの投与も約一〇日間のことであること、しかも、原告は、被告病院入院中も、食事のカロリー制限を受けているのに、間食をするというありさまであり、その後府立病院に教育入院し、光凝固法の施行を受けているのに、なお血糖コントロールができずに再入院したほどであつて、本症の増悪、失明は主として原告自身の招いた結果と言わざるを得ないこと等を彼此考慮すると、原告が被告病院において、最も適切な処置を得られなかつたこと自体により被つた苦痛に対する慰謝料は、金一二〇万円をもつて相当とする。

そして、弁論の全趣旨によると、原告は弁護士たる原告訴訟代理人に委任して、本訴の提起・追行をしたものであることが明らかであるところ、本件請求の難易、請求額、認容額その他本件に現れた諸般の事情を総合すると、原告が原告訴訟代理人に支払うべき費用のうち三〇万円の限度で、被告の債務不履行と因果関係のある損害というべく、被告はこれを賠償すべき義務がある。

四  以上によれば、原告の本訴請求は、金一五〇万円及びこれに対する原告の失明以後である昭和六〇年九月一日以降支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下司正明 裁判官 綿引 穣 裁判官 永淵健一)

《当事者》

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 大沼順子

被告 医療法人讃和会

右代表者理事 刈田陸郎

右訴訟代理人弁護士 米田泰邦

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